釈尊が見た幸せの真相(その3)

釈尊が見た幸せの真相(その2)の記事からの続きになります。
前回はお釈迦様の目線から見た幸せにおいて、欠落している点について指摘してみました。
お釈迦様は現世の実態として苦しみに満ちている状態であることに着眼していました。
そして、苦しみを除けば幸せになることができると考えていたわけです。
そのために何故に現世での苦しみは存在しているのか、そもそも現世に何故に人は生まれてきたのかという点について欠落してしまっていることをお話しました。
お釈迦様は苦しみから抜け出して幸せに至ろうとする考え方であるのに対し、本来的には神界はその苦しみを触媒として、魂の意志を表現していくことを主として意図しています。
なんだかお互いの考え方は矛盾しているかのように思えますが、本当はコインの裏表、あるいは陰と陽のように補完しあっています。
お釈迦様の考え方は基本的には、現世を含めて一切の私達が実体があると認識している存在をことごとく、「空(くう)」であるとみなしています。
「空」とは、何かといえば、一切の実体はなく、その可能性だけがそこにはあるという考え方とでもいえば良いでしょうか。
とても、難しい概念ですがお釈迦様が言いたかったことは、私達が泣いたり笑ったり怒ったり喜んだりしている対象物や現象というものは、全て実体がないということです。
実体がないものに対して、人はこだわり執着し、その挙句に不幸を感じて、苦しんでいるというわけです。
何故、そのような滑稽ともとれる状態に人は陥ってしまうのかというとそれは無明(むみょう)、すなわち、現世の物事は全てが実体がないということを理解もしていないし、実感としてそれを体得していなからだとお釈迦様は考えたわけですね。
だから、本当は私達が血道を上げて取り組んでいること、泣いたり笑ったり怒ったり喜んだりしていることというのは、実体がないもので追いかけても何かを掴めるようなものではないということをお釈迦様は仏法として教えることで、悟らせようとなされたわけです。
「そんなにこだわって苦しんでいるけど、本当はそんなことで苦しむ必要はないんだよ」
こんなふうにお釈迦様は色んな苦しみに囚われている人に語りかけているわけですね。
しかしながら、これは言わば、演劇の鑑賞中に舞台裏の袖をまくって見せているのと同じことでもあるわけです。
「怖そうな龍がいるけど、本当はただのハリボテだよ」
「みんな、毒を飲んで死んでしまったロミオとジュリエットを見て悲しみの涙を見せているけど、全部、お芝居で本当は死んでなんかいないんだよ」
「ピーターパンが空を飛んでいるように見えて、みんなワクワクしているようだけど、本当はワイヤーロープで吊るされているだけなんだよ」

こんなふうに演劇に夢中になり、怖がったり、ハラハラしたり、悲しみの涙を流したり、ワクワクと胸を躍らせている観客に向かって、我に返そうと必死に説いているのがお釈迦様でもあるわけです。
確かに演劇はお芝居でありフィクションです。
お釈迦様の言っていることは正しいと思います。
そして、演劇の裏舞台を見せつけられてしまえば、あるいは、私達が心を動かされてしまうものに対して真実の姿を開示してしまえば、おそらく見ている私達はきっと演劇の世界から抜け出て我に返ってしまうことでしょう。
しかし、これは、演劇を鑑賞する観客としての正しい姿勢だと言えるでしょうか。
そんなことをしていては、白けてしまいます。
演劇を見るときには夢中になって、その世界に没入して演劇を楽しみ味わうべきだと思うわけです。
こう考えるとお釈迦様のスタンスをそのまま実行すると本来の意図が台無しになってしまう可能性があるということがわかるかと思います。
では、お釈迦様の考え方は問題があるから意味がないのでしょうか。
そうではありません。
逆に言えば、演劇の世界にのめり込むあまり、本当の真実から目を背けがちになってしまうことも私達にはままあります。
ロミオとジュリエットの演劇を見ていつまでも感傷に浸り、二人の悲劇を嘆き悲しんでいたら、自分自身の人生という本筋を忘れてしまいかねません。
観客は演劇を見終わったならば、再び、自分自身の人生へと回帰していく必要があります。
しかし、演劇の世界にハマりすぎるとそれが出来なくなることがあるわけです。
では、どうすべきなのでしょうか。
私達は演劇を見ているという自覚を持ってそれを味わい楽しむという境地を目指さなければならないわけです。
神界の意志、魂の意志へと回帰しつつも、世の中で、あるいは人生で起こる様々な出来事を味わいながら、そこには本来的には実体はないのだ、ただあるのは魂を輝かし表現する場があるのみだという真実を忘れずに生きる。
このことが出来る時、私達はお釈迦様の考えの深いところも理解し、尚且つ神界の意志、魂の意志に反することなく現世を生き抜く道筋を得ることができるのではないでしょうか。
以上、釈尊が見た幸せの真相シリーズの着地点として、述べさせていただきました。
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